従業員はM&Aをどう見ているか―意識調査から見えてきたこと

会社を譲るという決断には、「従業員に申し訳ない」という後ろめたさが伴うことが少なくありません。事業承継やM&Aの現場に携わっていると、「社員には土壇場まで隠すしかない」「売却が決まったら裏切り者だと思われるのでは」という経営者の声も耳にします。

しかし、この「申し訳ない」ということは考えなくてよいと思います。後継者が見つからず、事業を誰にも引き継げなければ、その先に待っているのは廃業や破産です。従業員が本当に恐れているのは、会社が買収されることそのものではなく、雇用の場そのものが失われることでしょう。その意味で、M&Aはむしろ雇用と事業を守るための前向きな選択肢です。

株式会社バトンズが発行する情報誌『M&A NewStage』(vol.02 2026)に掲載された「従業員のM&A意識調査」(従業員300名以下の企業に勤める20〜50代の会社員531名対象)を見ると、実際に従業員の受け止め方もこれを裏付けています。勤め先が買収されることに「ポジティブ」「どちらかといえばポジティブ」と答えた従業員は合わせて33.5%、「ネガティブ」系は27.5%にとどまり、残りの多くは「どちらともいえない」という中立的な受け止めでした。経営者の売却決断についても、肯定的な評価が過半数を占め、否定的な評価は1割強にすぎません。従業員は、経営者が恐れるほどM&Aを「裏切り」とは捉えていないようです。

興味深いのは、この受け止め方が「帰属意識」によって分かれる点です。帰属意識が高い層は54.0%が買収を好意的に受け止める一方、低い層は15.4%にとどまります。理想の買い手像も対照的で、帰属意識の高い層は「自社の独立性や社風を尊重してくれる企業」を求める声が50.2%と最多、低い層は「資本力・安定性のある大手企業」が41.7%と最多でした。会社に愛着のある従業員ほど、社風や理念が続くことを願っているのだと思います。

一方、クレイア・コンサルティング株式会社が2026年2月に発表した、被買収企業で働く(働いていた)正社員約400名を対象にした調査は、少し違う角度を示しています。M&A発表時に4割が転職を検討し、発表後3年以内に4人に1人が実際に離職した。軽視できない数字です。ただし残留した社員に限れば半数はM&Aを肯定的に評価しており、転職検討の最大の要因は「会社の方向性が見えないこと」でした。そして「丁寧な説明」を受けた社員ほど短期離職が少なく、「評価・処遇の公正さ」を実感できた社員ほどM&Aを前向きに捉える傾向がありました。

この二つの調査を重ねると、「社員には土壇場まで隠すしかない」というやり方は、有効な対応とは言えません。情報を遅らせるほど従業員は自分なりの悪い想像で不安を埋めてしまい、それが転職検討や離職という具体的な行動につながってしまうからです。従業員が本当に知りたいのは「裏切られたか」ではなく、「自分の待遇や働き方がこれからどう変わるのか」という具体的な中身なのでしょう。

さらに重要なのは、情報を早く伝えるだけでなく、M&A後の新しい体制の中で従業員自身がどう活躍できるかという「参画意識」を高めることです。新体制における役割やキャリアパスを具体的に示す。統合準備の段階から現場の意見を聞く場を設ける。PMIのプロジェクトに従業員を巻き込み、当事者として関わってもらう。こうした働きかけがあってはじめて、従業員は「決められたことに従う」立場から「自分たちも新しい会社をつくっていく」立場へと変わっていけます。帰属意識の高い従業員ほどM&Aを好意的に受け止めていたように、参画意識そのものが前向きな姿勢を後押しする土台になるはずです。

M&Aは経営者だけでなく、従業員一人ひとりの未来も左右する決断です。「情報を隠す」から「情報を早く、丁寧に伝える」へ、さらには「従業員を新しい体制づくりに巻き込む」へ。この段階を意識して進めることが、従業員の理解と協力を得る近道になります。

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齊藤 肇

長年の外資系IT企業で培ったITシステム導入に関する幅広い経験と知識が強みです。またプロジェクトのマネージメント経験は豊富です。 現在は補助金支援を主に、IT導入、遺言・相続、会社設立、事業承継、企業経営全般まで幅広く中小企業支援を行っています。 主な著書に「老舗の強み」(共著:同友館)、「新世紀を勝ち抜く卸売業の情報システム」(共著:経営情報出版)、「ビジネス能力(3級)合格完全対策」(共著:経林書房)などがあります。