日ごろ事業承継についての相談にご対応しておりますが、M&Aによる買収を希望される方はご相談全体の半数以上と多くを占めています。統計としてもM&Aの調査会社「レコフデータ」の集計では「2024年の日本企業のM&A件数は4,700件に達し17.1%増加、過去最多を更新」とするなど増加しています。
M&Aでの買収は経営者の引退による後継の他、事業の多角化や販路拡大、サプライチェーンでのバリューチェーン統合や規模拡大によるコストメリット獲得など事業の変革を目的として行います。近年では人材確保を目的とした買収も増えています。また創業を目的とされる方も増えています。この背景として少子高齢化により親族内や従業員における後継者が不足していることやM&Aの認知が広まりつつあるという点がありますが、以下も見過ごせないと考えます。
・M&Aプラットフォームの普及など小規模企業でも売買ができる仕組み整備
・事業承継引継ぎ支援センターや補助金など事業承継に関する支援策拡大
個人であっても買収しやすい案件も増えてきました。一般企業に勤務していた方がM&Aで法人もしくは事業を買収し創業される例も多くなっています。売り手の所有する会社に関係する方にとっても社会全体としても後継者候補となる世代人口の減少する中、新しく事業を引き継げる候補が増加することは望ましいことと思います。

また、買い手にとって既に社会の中で役割を担い収益を上げている事業を承継して、ビジネスを行えることは、「1.事業承継のメリット―後継者視点」に記載のとおり、時間の短縮、トライアンドエラーの結果取得、容易な事業用資産取得、ブランドや顧客獲得、サプライチェーンの獲得、人的資産の獲得、必要資金の確保しやすさなど、大きなメリットがあります。特に、魅力的な事業内容(安定した収益、健全な財務状況、ブランド価値、優れた従業員、優良な顧客、独自の技術・ノウハウ)を持っている、事業承継後の事業が再現できる可能性が高い割安感が高いなどになっている会社や事業は人気が高くなります

一方、会社を買収することは物品の購入とは異なります。以下を併せて引き継ぐことになり、責任を伴うものになります。
・社会の中で果たしてきた役割
・顧客や取引先、金融機関に対して築いてきた信用
・従業員の育成や雇用
買収する側に悪意が無くとも、結果的に上記等に対応できない場合は売り手側の期待を裏切ることになります。買収する側は金額的などの売り手要求を満たすだけでなく、具体的な事業計画を自分で策定するとともにそれを実現できる準備を行いましょう

M&Aの進め方について、以下に買い手視点でのプロセスを記載します。

【買い手側の進め方】

1.買収方針の策定

自らの強みや弱み、機会、脅威などを分析(SWOT分析)したうえで、どのような目的で企業を買収するのか、業種、規模、投資の目安、当社の関与、地域、成長性、シナジー効果などの観点から買収方針を明確にします。また、株式譲渡か事業譲渡か、買収後の経営方針、収益確保や財務戦略を整理します。

2.買収資金の確保

自己資金だけでなく、銀行融資、補助金・助成金の活用など、買収資金の調達方法を検討します。近年では日本政策金融公庫や地方金融機関でも事業承継を積極的に支援しています。まずは既に取引のある金融機関や専門家に計画を示したうえで協力を相談しましょう。

3.買収企業候補選定(ソーシング:ノンネーム)

M&A仲介会社、フィナンシャルアドバイザー、M&Aプラットフォーム、事業承継・引継ぎ支援センターなどを活用し、買収対象となる企業の候補を探します。ノンネームシート(企業名を伏せた概要資料)を確認し、買収方針に合う可能性のある企業を選定します。詳細を知りたい場合は企業情報の詳細開示の売り手に対して依頼をします。

4.買収企業候補の詳細確認(ネームド)

詳細確認では単に希望に合いそうかだけでなく、M&A買収により採算の取れる事業シミュレーションができるか否かによって、ディール(取引)を前に進められるかどうかに重要な違いが発生します
①買収方針への適合確認
ノンネームで興味を持った企業と秘密保持契約(NDA)を締結し、実名、詳細な収益・財務情報、事業内容、従業員の状況、経営課題などの提供を受けて買収方針に適合しそうかを確認します。
②買収時の事業シュミレーション
買収方針に適合しそうな場合、仮説で買い手が事業を承継した場合の事業計画をシュミレーションを行います。自らが舵を取ることとなった場合にできる変革も考慮し、年度毎に収益や財務状況を計画します。そのうえで投資に対する回収計画を策定します。収益・財務情報ではオーナーコスト(経営者に支払われる費用)なども併せて確認します。M&Aでは売り手の事業が再現できる状況になるかは重要なポイントになります。強みである技術や人材、顧客が買収後も継続できるのかなどもポイントになります。

5.トップ面談

売り手と買い手の経営陣が直接会う「トップ面談」を実施し、企業文化の適合性、M&A後の方向性、シナジーの可能性を確認します。M&Aの成功には信頼関係の構築が不可欠です。売り手の要望に対して「自らの言葉」で売り手事業を力でどのようにしていけるのか、そのための手段、実現できる背景を早く伝えることが、売り手の信頼を勝ち取るには重要になります。

6.基本契約の締結

買収を進める意思が固まった場合、「基本合意契約(LOI)」を締結します。この契約では、買収価格の目安、ストラクチャー(株式譲渡・事業譲渡など)、デューデリジェンスの範囲、独占交渉権の有無、従業員雇用の継続、経営者保証の対応、経営者貸付への対応などを定めます。

7.デューデリジェンス(DD)

財務・税務・法務・ビジネス・人事などの観点から買収対象企業の詳細調査を行い、リスクを把握します。必要により税理士や弁護士などの専門家に対応を依頼します。未払い残業代や保証債務、訴訟リスクなど簿外債務がないかも確認します。不明点があれば適切に売り手に確認し、問題が発生しないよう対応を検討します。

8.最終契約の締結

デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な条件を詰めたうえで「最終契約(SPA:株式譲渡契約など)」を締結します。契約には、買収金額、支払い方法、表明保証(売り手(または買い手)が、対象会社や事業の状況について事実を「表明」し、それが正確であることを「保証」する契約上の義務)、クロージング条件などを盛り込みます。

9.クロージング

最終契約の内容に従い、株式譲渡や事業譲渡の手続きを完了します。株式の引渡し、対価の支払い、許認可の取得、従業員の引継ぎなどが行われ、M&Aが正式に成立します。

10.PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)

M&A後にシナジー効果を最大化するための重要なプロセスです。買い手は、①経営統合(組織の再編、経営方針の統一)、②業務統合(ITシステム、業務プロセスの統一)、③人事統合(報酬制度の調整、従業員の意識統一)、④財務・法務統合(財務管理の統一、契約関係の整理)を進めます。文化の違いによる対立を防ぎ、スムーズな統合を実現するために、明確な戦略と丁寧なコミュニケーションが不可欠です。

M&Aは第三者とのディール(取引)になります。M&A経験の少ない経営者や個人のみで行うことは前に進めにくく、またリスクは多くなります。公的機関や仲介会社、アドバイザリー会社など専門家の協力を得ることも必要になります。

M&Aによる買収を希望される方は増加しています。しかし一方でM&Aで買収を実現できる方は絞り込まれています。これにたどり着くには売り手の会社や事業を自分が引き継いだ時にどのように経営していけるかのイメージができて、採算の取れる事業計画をシミュレーションできるか否かがキーになります。これができることによってご自身が買収することの決断につながります。そのうえで売り手に対して「自らの言葉」で売り手事業を力でどのようにしていけるのか、そのための手段、実現できる背景を売り手に伝えるようにしましょう