M&Aによる事業承継は急増しています。M&Aの調査会社「レコフデータ」の集計によると「2024年の日本企業のM&A件数は4,700件に達し前年比17.1%増加、過去最多を更新」としています。この背景として少子高齢化により親族内や従業員における後継者が不足していることやM&Aの認知が広まりつつあるという点がありますが、以下も見過ごせないと考えます。
・M&Aプラットフォームの普及など小規模企業でも売買ができる仕組みの浸透
・事業承継引継ぎ支援センターや補助金など事業承継に関する公的支援策拡大
これらによりかつては高齢化して自らの引退を以って廃業すると考えていた現経営者も、事業を後生に残せる可能性が増えています。また買い手側も買収金額が少なく済む案件があることで参入できる層が増えました。現経営者が事業承継することは、後継者はもちろん関係者や社会に多くのメリットをもたらします。これにより相応の対価を得られる可能性もでてきます。
またM&Aでは売り手市場であると言われています。M&Aプラットフォーム「BATONZ」のホームページ(2025年2月8日時点)によると売り案件を掲載した際に、買い手候補から受ける交渉依頼数は約18.7件としています。私がいただく事業承継相談でもM&A買収に関するものは全体の半数以上を占めるほど多い状況です。
M&Aは親族間承継や従業員承継とは違った一面もあります。それは親族間承継や従業員承継が現経営者の引退による後継者への交代というケースがほとんどであるのに比べ、M&Aは上記の他、事業変革の手段として使われるケースが多いことです。この場合、現経営者は引退するわけではなく「事業の選択と集中」や「新事業への転換」などを目的として売却を行います。買収する側も既に経営者であり、事業の多角化や販路拡大、サプライチェーンでのバリューチェーン統合や規模拡大による売上拡大・コストメリット獲得などを目的として買収を行います。企業戦略の一つにM&Aを組み込み、何度もM&Aを行う経営者もいらっしゃいます。
このため第三社承継(M&A)に関しては現経営者・後継者ではなく、売り手・買い手の視点に分けて進め方を記載します。以下は売り手側の進め方です。
【売り手側の進め方】
- 自社情報の整理・見える化
M&Aを成功させるためには、まず自社の情報を整理し、「見える化」することが重要です。財務状況、事業の強み・弱み、経営課題、人材構成、保有資産などを整理し、売却の準備を進めます。内部から見ていると自社の魅力に気が付かないこともあります。それを伝えるため外部の専門家を入れて整理することも有効です。これにより、買い手に対して自社の価値を適切に伝えることができます。 - M&A方針の策定
株式譲渡か事業譲渡かなど売却に関する方法や売却する条件(従業員の継続雇用、経営者からの貸付を含めた借入金対応、経営者保証に関する対応、売却に関する金額の目安、売却後の関与等)を検討します。またM&Aに関して支援を受ける仲介会社やフィナンシャルアドバイザー、相手先探しの方法も併せて検討します。
3.バリュエーション(企業価値の算定)
企業価値を算定するバリュエーションを行います。親族内承継など利害関係者の間では、株式は税務上は時価で取引すべきとされています。一方「純然たる第三者」との取引になるM&Aでの株式売買価格は最終的には相対調整であり、一般的にはDCF法(割引キャッシュフロー法)や年買法、EBITDA倍率法などの手法で目安を算定します。これらの値を決めるのは営業利益や減価償却費、資産・負債など財務諸表や再現性など今後の事業見込みなどになります。適正な企業価値を把握し、交渉の基準を明確にすることが重要です。時価とする必要の有無や価値算定では顧問税理士や外部専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。
- 買い手探し(ノンネーム)
企業名を伏せた「ノンネームシート」を作成し、M&A仲介会社やフィナンシャルアドバイザー、M&Aプラットフォームを通じて買い手候補を探します。ノンネームシートには、事業内容、売上規模、業界情報などを記載し、興味を持つ買い手を絞り込んでいきます。 - 買い手探し(ネームド)
ノンネームで興味を示した買い手に対し、そのM&A方針で決めた条件を満たせる可能性があると考えた買い手と秘密保持契約(NDA)を締結した後、企業名を開示し、詳細な情報提供を行います。具体的なM&Aスキームや条件をすり合わせ、買い手候補をさらに選別します。 - トップ面談
売り手と買い手の経営陣が直接会う「トップ面談」を実施します。ここでは、お互いの企業のビジョンやM&Aの目的確認、M&A後の方針について意見交換を行い、相性を確認します。信頼関係の構築がM&A成功の鍵となるため、慎重に進めます。買い手に悪意が無くても事業の失敗があった場合は、約束した事項が反故になったり、場合によっては被害を受ける可能性もあります。売り手としても「こちらの出した条件に合えばよい」というだけでなく、買い手の目的や実行力が納得できることが後のトラブルを抑えることにつながります。一般的には数社と行います。 - 基本契約の締結
トップ面談を経て、売り手および買い手が売買を進める意思を持った場合、「基本合意契約(LOI)」を締結します。この契約では、買収価格の目安、ストラクチャー(株式譲渡・事業譲渡など)、デューデリジェンスの範囲、独占交渉権の有無などが記載されます。法的拘束力は限定的ですが、今後の交渉の指針となります。既に買収価格の目安が出ていますので、これ以降クロージングまでは通常の業務以外で発生する資産移動など価格に影響の出る行動は避けるようにします。 - デューデリジェンス(DD)
買い手の要望により、買い手が売り手企業の詳細情報を精査する「デューデリジェンス」を実施します。財務・税務・法務・ビジネス・人事など多方面から調査を行い、リスクを洗い出します。売り手はリードするわけではありませんが、必要に応じて情報を提供します。 - 最終契約の締結
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な条件を詰めたうえで「最終契約(SPA:株式譲渡契約など)」を締結します。契約には、買収金額、支払い方法、表明保証(売り手(または買い手)が、対象会社や事業の状況について事実を「表明」し、それが正確であることを「保証」する契約上の義務)、クロージング条件などが盛り込まれます。 - クロージング
最終契約の内容に沿って、株式譲渡や事業譲渡の手続きを完了させる「クロージング」を実施します。株式の引渡し、対価の支払い、許認可の取得、従業員の引継ぎなどが行われ、M&Aが正式に成立します。 - PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)
M&A成立後、買い手企業が売り手企業を円滑に統合できるよう、経営統合(PMI)を進めます。特に、従業員の不安解消や社内文化の融合、業務プロセスの整備などが重要です。買い手が実施する内容ですが、必要に応じ売り手が支援を行います。
M&Aは第三者とのディール(取引)になります。M&A経験の少ない経営者のみで行うことは前に進めにくく、またリスクは多くなります。公的機関や仲介会社、アドバイザリー会社など専門家の協力を得ることも必要になります。また専門家を付けたとしてもM&Aにおけるトラブルは起きがちです。昨年、ルシアンホールディングに関する問題(※)が大きく報じられましたが、買い手はもちろん専門家の選定も慎重を期す必要があります。売り手経営者にとって極めて重要な「債務保証の解除」を軽視してディールを進めるなどがある場合は、買い手はもちろん専門家にも明確な意思表示を行うことも必要です。仲介会社によっては他の仲介会社との交渉を制限することを求める独占契約を要求されることもありますので留意が必要です。必要に応じてディール成立にインセンティブがない専門家に、セカンドオピニオンとして支援を受けることも検討しましょう。
※ダイヤモンド・オンラインの記事
https://diamond.jp/articles/-/349818
また買い手市場だからと言って、売り手側が思ったような売却ができるわけではありません。「事業承継のメリット―後継者視点」で記載したメリットがでない企業は売買が難しくなります。主なポイントとしては以下があります。
(1) 買い手にとって魅力のある企業であること
魅力的な事業内容、安定した収益、健全な財務状況を備えた企業は買い手にとって価値が高まります。知名度やブランド価値、安定した顧客とのつながり、優れた従業員、独自の技術・ノウハウがあることなども強みとなります。
(2) 買い手が再現できる状況での譲渡であること
例えば売り手の高齢化などにより会社の活性が下がり、顧客や従業員が離れてしまっていては、買い手が事業を再現することは難しくなります。また売り手経営者による属人化した業務も事業を再現することは難しくなります。
M&Aによる売却(事業承継)は、相手先が見つかれば(調整や教育に時間を要する)親族間承継・従業員承継に比べ短期間で済むケースが多いです。経営を見える化し、会社とご自身にとって旬(適したタイミング)を逃さない売却を行うことが必要になります。
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